宮城登米えがおねっと

029mission.jpg



東日本大震災の女性被災者へ支援を行い、女性の視点による災害支援の観点から災害時における男女共同参画を推進する。




030asano.jpg

007asasno.jpg浅野富美枝先生 プロフィール

宮城学院女子大学学芸学部生活文化デザイン学科 教授
登米市男女共同参画条例策定委員長


災害時における男女共同参画の取り組みは、災害支援・復興の面からも男女共同参画社会を形成する面からも重要だと言われています。
これは、言うのは簡単ですが実際に行うのはとても大変なことです。東日本大震災後をみても、3月11日を境に、どの自治体でも男女共同参画の取り組みは中断しました。
しかし、男女共同参画に限らず、福祉にしても、教育にしても、市民生活に直結した取り組みは、被災対策のなかでも続けられなければならないはずです。
なぜなら、被災したからといって生活が中断されることはないからです。

 そのなかで、自ら被災し心が折れそうになりつつも、登米市の男女共同参画条例づくりに携わった委員たちは「えがおねっと」を立ち上げ、被災者支援と男女共同参画の取り組みの融合を実践しました。
モノ言う女性が行動したとき、歴史は大きく動きます。とびっきりの笑顔が登米市から発信されつづけることを期待しています。

浅野 富美枝

061hagiwara.jpg

069ogiwaranatuko.jpg萩原なつ子先生 プロフィール

立教大学社会学部社会学科および21世紀社会デザイン研究科教授
日本NPOセンター常務理事
宮城県環境生活部次長として勤務
 (2001年3月~2003年4月)


5月5日、海女さんで有名な石川県輪島の舳倉島で調査をしていた時に、久しぶりに登米市の三浦さんからメールがありました。内容は、「ご相談があります。女性たちに必要なものが届いていません。避難所がこんな状況だったとは知りませんでした。」そして最後に「お返事をお待ちしています。」と結んでいた内容でした。それを読んで私はメールしている場合ではないと思い、すぐに電話をしたのです。避難所における被災女性の話を聞き、私はひとこと「わかった」と返事をしました。

このように、言ってくることが大事です。現場のことは、言わないと何もわからないのです。わかっているつもりでも、現場のことはわからないのです。

その時、被災女性に必要な支援物資を届けるための方法として、組織化して欲しい団体を作って欲しいと伝えました。組織化すること、団体を作るということは、受け皿を作ること、1人の力を大きな力に変えることであり、いろいろなものをつないでいくことになるのです。また、団体の名前をつけるようにも言いました。ネーミングはとても重要です。なぜなら、名前が実態になってくるとみんながその行動を行うようになるからです。「えがおねっと」という名前を聞いた時、これは動けるぞという気がしました。「えがおねっと」この名前に思わずにこっとしてしまうように、そこにみんなの気持ちが表わされていると感じました。

物資や支援金などを集めるため、どこにつなごうかと頭をめぐらせ、つないだところからまたつながって物資が登米市に動いていったのです。

さらには、行政が後方支援をしていること、男女共同参画を推進している委員が組織化したということが、物資提供をする企業などが信頼した理由でもあります。男女共同参画条例の策定委員という、組織化できる平時の積み重ねがあって今回の「えがおねっと」ができ、「えがおねっと」に対する信頼は「えがおねっと」のバックに行政がいたこと、いろいろな相互作用でうまくいった事例だと感じています。

これからは、「えがおねっと」の一人ひとりがエンパワーメントすること、一人ひとりが自分を大切にしその笑顔がまわりに波及していく、「えがおねっと」だけが大きくなるのではなく、「えがおねっと」を見たまわりの人たちが、自分たちもできるのではないかと思い、グループを作ってみようと思ってもらうこと、沢山の「えがおねっと」ができ、つながっていくことが地域全体のエンパワーメントになることを今後期待します。

 萩原 なつ子

049top.jpg049top.jpg
050egao.jpg050egao.jpg
064.mishonjpg.jpg064.mishonjpg.jpg
052sut.jpg052sut.jpg
053kore.jpg053kore.jpg
054kore.jpg054kore.jpg
079ripu.jpg079ripu.jpg
055med.jpg055med.jpg
063jyosei-.jpg063jyosei-.jpg
047dan.jpg047dan.jpg